【超低出生体重児①】3男が803gで生まれたときのこと

超低出生体重児

我が家の三男坊は、妊娠27週、体重803gで産まれました。

小さいですよね。えぇ、そりゃもう本当に小さかったです。今もまだ小さいですが。

巷では「今の医療はすごいから小さく生まれても大丈夫」「逆に大きくなる」といわれています。私自身も、なんとかなるのではと思っていた時期もありました。

今思うと、半分は事実だなと思います。本当に今の医療はすごい。でも、赤ちゃんは本当はしなくてもよい苦労をしているから、大丈夫ということでもないなぁと思います。

現在も慢性肺疾患で在宅酸素療法をしている三男のこれまでを記録します。

はじまりは原因不明の破水

三男がおなかにいる妊娠26週のとき、私は自宅で破水しました。明け方で寝ていたので「おもらしかな?」と一瞬思ったけれど、すぐに「絶対違う、ヤバイやつだ」と感じました。恐る恐る起き上ると、ジワージワーと生暖かいものが出てくるのがわかります。

隣で寝ていた夫を起こし、病院に電話連絡をしながら車に乗り込みました。

かかりつけは市立医療センター

私は長男と次男の出産のときに切迫早産という診断をされているので、三男のときは最初から大きな市立医療センターにかかっていました。母体の入院もできるし、NICU(赤ちゃんのICU)もあるし、安心だと思ったからです。

破水をして病院に向かう時も、医療センターで診てもらえるという確信を持っていたので、とりあえず入院セットなどはあとで持ってきてもらえばよいと手ぶらで家をでました。

医療センターに到着し、破水していることと赤ちゃんはひとまず無事だということを確認したあと、案の定そのまま入院となりました。

まさかの転院

明け方だったため、細かい話は朝先生たちが集まってから決めるということでしたが、点滴をして安静にするという指示のもと看護師さんたちがテキパキ働いているのもを見て、「ここなら安心だー」とホっとしたのを覚えています。

ところが、ベットでうつらうつらしていると「転院ですよー」と起こされました。産科の一番えらい先生が来て、ベットごと移動するように指示を出しています。

ここで見てほしいとお願いしましたが、28週より小さい子は診られないというのです。破水しているから、このまま転院先で出産することになるということでした。

泣きながら救急車へ

このとき、世の中は緊急事態宣言真っ只中です。やっと決まった転院先は、県内のうち一番遠い埼玉医科大学毛呂山病院でした。

コロナ対策で家族との面会は出産時でもできないことと、コロナの検査をすることが条件と説明がありましたが、Noといえる状況ではありません。

救急車で50分かけて、知らない土地の知らない病院へ運ばれました。夫は他の子どもたちの手配と入院手続きをするために車であとから毛呂山に来ることになりました。心細くて涙が出ました。

医療センターの先生も一緒に救急車に同乗してくれたので、なんだか申し訳なかったです。ついた病院はとても辺鄙な土地にありましたが、同乗してくれた先生はタクシーで帰ったのかな?

さすが埼玉医大

埼玉医大につくと、今までの重症モードから一転です。明るい先生が「おかあさーん遠くから大変でしたねぇー」「じゃぁ、診察しまーす」

診察を終えると、先生はこう言いました。「点滴して行けるとこまで行きましょう!」

私はてっきり、このあとすぐに産むものだと思っていたので、びっくりして「産まないんですか?」と結構な声のボリューム聞き返してしまいました。

先生がいうには、赤ちゃんにとってお腹の中の環境が外界よりもいい場合は、お腹で育つのを待つそうです。その時期を見計らっていくので、いつ産むとは今はいえないとのことでした。

ただ、破水していると外界と赤ちゃんが繋がっている状態のため感染しやすく、感染予防の抗生剤の点滴をすることと、3時間おきの検温をするとのこと、お風呂禁止という指示がされました。

破水したらすぐ出産しなくちゃいけないと思っていたので、すごくびっくりしました。少ないけれど羊水が顔周りにあるから大丈夫なんだそうです。へぇ~~~!ですね。

安静虚しく一週間で陣痛が

私の場合は血糖も血圧も問題ないので、食事制限などもなく、ひたすら点滴して安静にしていました。トイレ以外は車いすで移動し、シャワーも週2~3回です。

とにかく安静にしていましたが、入院8日目の深夜にお腹の張りで目が覚めてしまいました。おなかの痛みは不規則でとても強いというほどではないものの、診察するといきんでしまいます。

検温すると37.6度の熱があり、これが感染かと変に納得したのを覚えています。血液検査をすると、白血球数が上がっていて、先生からも「残念だけど感染の兆候あり」と告げられました。

27週で産むことについて先生に聞くと「28週超えるとよかったけど、うち(毛呂山病院)にはもっと小さい子もいる。お母さんは熱もあって感染の可能性もある。小さいけれど産むしかない」というお返事でした。

短い入院期間ですが、先生や看護師さんの様子も、入院仲間からの情報も、毛呂山病院が先進医療をしていることが感じられます。信じてお願いするしかないと覚悟がきまりました。

外界のほうが良くなったのね、毛呂山病院のNICUはすごいみたいだから安心よ、なんて赤ちゃんにテレパシーを送りながら出産のときを待ちました。

帝王切開で出産

逆子でしたので、点滴で朝を待って帝王切開をしました。朝まで待ったけれど緊急帝王切開というそうです。夫は病院にかけつけていますが、コロナ対策のために会うことはできません。でも、病棟の面談室にいる夫とラインでやりとりをするだけでも安心できました。

帝王切開中は、取り上げた瞬間の赤ちゃんを絶対に見てやるぞという強い意志で、目を見開き、先生の動きに気を払い、意識をおなかに集中していました。(麻酔で振動しか感じませんでしたが)

でも、全然いつ赤ちゃんがでたのかわかりませんでした!やっぱり泣かなかったのですね。赤ちゃんの声が聞こえた時には、手術室の端っこでめっちゃ処置されているようでした。くやしい。

オペ中でしたが、頭元についている麻酔医さんに、赤ちゃんは泣いたのかを聞くと、「すぐには泣かなかったけど、処置の途中で泣いたよ、早かったよ」と教えてくれました。早いと褒められたような気がしてうれしく、誇らしくて涙がでました。

夫の言葉に安心した

私は帝王切開のあとも夫には会えませんでしたが、夫は赤ちゃんと一回だけ面会させてもらい、指を触ったということをラインで聞いてうれしかったのを覚えています。

「803gと小さいけれど、体の細部までちゃんと赤ちゃんしていて、とてもかわいかった」と言ってくれたのがまたうれしくかったです。これから大変だろうけれど、きっと大丈夫だーなんて安心もできました。

ちなみに夫はこのあと元の医療センターに転院するまでの3か月間、三男に会うことは叶いませんでした。コロナ対策です。今お産される方はみなさん本当に大変です。

生まれた三男がどんな様子だったかはこちらに続いています。

現在は

小さいながらも、彼なりのスピードで成長をしている三男坊。在宅酸素療法と訪問看護を利用して今日も元気にすごしています。

エピソードはもう少し続きます。よかったら読んでいってくださいね。

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